迫りくる地獄のイベント/準即と押し出し



現在はとにかくキープ、複数本命彼女、セキュリティ強化など、
今までにない様々なことに注力しているが、


そんな自分にとっては地獄のイベントが遂に到来する。



そう、クリスマスである。



これは毎年のことなのだが、このイベントの前後で
どうしたって何割かのキープや彼女が卒業していく。


やはりクリスマス・イブが本命と過ごす夜になるし、
それを誰もが分かっているから、目の前の異性のことを「本命か」「そうでないか」を否応なしに判断することになる。


もちろん、イブをやり過ごす方法はいくらでもあって、
分散するとか仕事のせいにするとか出張だとか何だとか、、
とにかく方法はいくらでもあるのだが。


それでも、つらいイベントだという事実は変わらない。


否応なしに、現在の彼女に順位をつけなければならない。


全員好きなのだ。強制イベントはこれだから嫌なのだ。



で、ちょっとした某日のこと。



某街でナンパした出版関連のOL、先日に新宿で準即となったのだが、
あまりの相性の良さ、話の面白さ、気の合い方から、
本命彼女となってしまった。


結果、自分的ルールである、本命彼女の限界人数を越えることになってしまい、
押し出しという現象が起こってしまった。


当然これは自分の中のルール。相手には伝えていないし、
アクションもただちに起こしたわけではない。


だが、この季節のことなので、遅かれ早かれということになる。


本命は作らず、気ままにナンパしたりとっかえひっかえしているときの気楽さ、
自由さ、フリーダムさというのは、


それはとっかえひっかえできる事実がそうさせているというわけではなく、
本命にしていないという契約関係・責任関係の薄さからくる気楽さなのだということに気づいた。


本命契約というものは非常に重く、相手への責任というものが発生する。
それは相手が思っている(であろう)自分への期待であったり、
それに応えなくてはいけないな、というちょっとした重荷のことであったりする。


期待されていない状態というのは、気が楽だ。
一方で、言われてはいないけれども、ああ、こういうことを期待されているんだな、
という状態は、若干気が重い。


暗黙の期待、暗黙の責任と言えばいいだろうか。


とっかえひっかえの人は、勝手に期待されても全然平気、
気にしないよ、という人が多い傾向にあると思うが、


自分は?と自己分析すると、どうも中途半端に期待に応えようとしてしまったり、
本来無責任極まりない行為をしている男性のくせに、地味に責任を感じたりしてしまっている。


どうもこの辺に悩んだり、重圧に感じる季節が冬であり、12月であり、クリスマスなのである。


とにかく気分が憂鬱だ。


冬自体は季節として好きで、雪景色なんかはとても好きなのだが。


東京はめったなことでは雪は降らない。